横浜 3 横浜開港の経緯
今朝 「ラジオ深夜便」 4時台 の 「こころの時代」 を
聞いて いました ら
作家 の 童門冬二氏 の
「横浜開港150年 と 日本人の心」 の 講演 でした。
昔の人 は 立派に 見える の かも しれません が
江戸時代 の 為政者 の
日本の国 を 思う心 には 感動 しました。
写真は 「横浜中華街」 です。
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今朝 「ラジオ深夜便」 4時台 の 「こころの時代」 を
聞いて いました ら
作家 の 童門冬二氏 の
「横浜開港150年 と 日本人の心」 の 講演 でした。
昔の人 は 立派に 見える の かも しれません が
江戸時代 の 為政者 の
日本の国 を 思う心 には 感動 しました。
写真は 「横浜中華街」 です。
↑ 元 の 淑女 に 戻って おすまし。
↑ 淑女 は じっと 辛抱 !
↑ 淑女 は 退散。
* * *
みほさん・・道草ばかりして 猫を追い掛けています。
開国博など終っていても
良いではありませんか。
ご上京をお待ちしています。
* * *
「横浜開港150周年」 の 「開国博Y150」 も
終りに 近い と 云う ので 22日に 行って 来ました。
写真は 「大桟橋」付近 で 撮った 「大あくびの猫」。
「淑女よ ご油断 召さるな !」
カメラ は いつでも 何か ないか と
狙って いる のですぞ !
昨日 と 同じ 20日 の 「片瀬西浜」。
「夕暮の富士山」 の 写真 です。
一番下 の 写真 は
支柱 だけ を 残して 取りこわされた 「海の家」。
「花火」 を して いる 人 が いました。
これで 2日間 の 「江ノ島」 を 終ります。
翌日 の 20日 は 「快晴」 に なり ました ので
また 「江ノ島」 に 行って みました。
今日は 「片瀬東浜」 から 「片瀬西浜」 へ。
上の方の 写真は 「東浜」
下の方の 写真は 「西浜」 です。
海 に 浮いて いる のは 「ヨット」 と 「サーファー」 で
海水浴 の シーズン は もう 終って いる よう です。
この写真も 19日 に 撮った もの。
時々 大きな うねり の 波 が やって 来ます。
こんな時 でも こんな時 だから ?
サーフィン を している 人 が いました。
手前 に 転がって いる のは
波 で 打ち 上げ られた
縫いぐるみ の わんちゃん です。
同じ 19日 の 「東浜」 の 写真です。
向うに 見えて いるのは 「江ノ島」。
場所に よって 浜 の 様子 が ずいぶん 違います。
台風14号 が 東方海上 へ それた と 云うので
去る 9月19日 「江ノ島」 に 海 を 見に 行き ました。
写真は 「江ノ島 湘南港」 の
ヨットハーバー の 灯台 を
「片瀬東浜」 から 撮った もの です。
台風余波 の 大きな うねり が 堤防 に 砕け
大きな 波 が 浜 に 打ち 寄せて いました。
「函館朝市」 は 「函館駅」 と
隣り合わせ の ような もの です。
日本一の朝市 と 云う だけ あって
広い ですねぇ !
一番上の写真は 「朝市」 の ごく 一部 です。
2枚目の写真 と 3枚目の写真 は セット です。
窓の下から 茶色の猫 が 呼び ましたら
窓から 白い猫 が 顔を 出した と 云う 設定 です が
細かく 見ると ・・・・
「朝市」 の そば で 見かけた 一こま 二こまです。
これで 「八月の思い出 函館」 を 終わり ます。
また 「函館山」 の 方へ 戻って 来ました。
「函館山」 の 北麓 から
北 へ 「函館湾」 へ 向って 突き出し
「函館港」 の 西側 を 画して いる のが
上の方の 写真の 「函館ドック」 です。
この 突き出した 「函館ドック」 の
南西 に つづいて 先日 お話した 「函館漁港」 が
反対側の 南東 に つづいて 「函館西波止場」 が
あります。
下の方の 写真は その 「函館西波止場」 から
JR函館本線 の 「函館駅」 の 方を 眺めた
もの です。
中央 やや右の方 に 見える 大きな船 は
かつての 青函連絡船 「摩周丸」 です。
写真は 「臼尻漁港」 です。
「臼尻漁港」 は 函館市 ですが
函館の町 の 北東
噴火湾 に 面して いて
函館の町 からは 山 を 越える か
「恵山」 の 方を ぐるっと 回って 行く のです。
ここは 全国 の 昆布生産高 の 95% を 占める
北海道 の 中でも 主要 な 昆布漁港 です。
ここで 産する 昆布は 「真昆布」 と
云われて いる もので
「日高昆布」 「利尻昆布」 の ように
固有名詞 が 付いて いません ので
「臼尻」 の 名前 は 余り 知られて いない ようです。
ここの 昆布 は 巾 が 広く 肉厚 だ そうです。
* * *
のんのんさん・・函館山からの夜景は
香港・ナポリとともに
世界三大夜景にかぞえられて
いるそうです。
* * *
写真は 「函館山」 です。
あいにく の お天気 で 雲 が かかって いました。
標高 は 334m ですが
上の方の写真の 位置 から 見下ろす
夜景 は 素晴らしい です。
左の 函館港 と 右の 津軽海峡 とで
くびれた 函館の町 の 灯 が きらきら と かがやき
湯の川温泉 の 灯 も 見えます。
遠くには 駒ケ岳 ・ 横津岳 の 山々 が
連なって います。
下の方の写真の ように
山頂 まで ロープウェイ が 通じて います。
上掲の写真は いずれも 「函館漁港」 です。
「ヒトデ」 の 腹面
「カモメ」 が いま 止まった ところ
灯 の 入った 「灯台」 です。
写真は 「函館漁港」 の 夕景 です。
向うに 見える 山 は 「函館湾」 を 挟んだ
対岸 です。
こう云う時刻 が 一番 旅情 を 感じます。
「函館漁港」 の 写真。
「一夜干しのイカ」 と 「イカ釣り漁船」 です。
「函館漁港」 は 函館湾 の 入口
函館港 の 西側
函館山 の 北麓 に あります。
「イカ釣り漁業」 の 基地港 で
漁獲量 の 95% は 「イカ」 だ そうです。
「獲れたてのイカ」 の 「イカソーメン」 は
こたえられ ません。
今朝 石神井池畔 に いた 「ハト」 の 群の中 に
羽の色 の ちょっと ちがった のが いた ので
写真に とりました。
帰って 来て 見ました ら
脚 に 環(かん) が 付いて いました。
すると これは 「伝書鳩」 ?
以前 「伝書鳩」 を 飼う こと が はやった 頃
この辺り でも 「伝書鳩」 が 群 を なして
飛んで いました が
これは その頃の 生き残り でしょう か ?
鳩の じゅみょう は 10年~20年 だ そう ですから
ことによると ぎりぎり そう かも しれません。
東京 だけでも 鳩 の かず は
どの くらい なので しょうか ?
「カラス」 と どっち が 多い ので しょうか ?
石神井池 の 池畔 です。
普通の 「芙蓉(フヨウ)」 より 少し おくれて
「酔芙蓉(スイフヨウ)」 が いま 真っ盛り です。
上掲の 写真 の 下の方 で
紅く なって いる のは 「二日酔い」 の 花 です。
日差し は きびしく ても 風 は 爽やか です。
秋 ! です ねぇ。
今年 は すこし おそく なって しまい ました が
住友グランド の 崖 の 雨上り の 「クズ」 は
どうかな と 見に 行き ました。
やっぱり 盛り を 過ぎて しまって いた ようです。
下の方の 写真は 同じ所 に 咲いて いる
「クサギ」 です。
この方 も あまり ぱっと しない よう です。
昨日 が 「二百二十日」 だった こと を
あとに なって 気が付き ました。
昔ほど 「二百十日」 とか 「二百二十日」 とか
云わなく なった ように 思います。
農業離れ の 産業構造 の せいも あり ましょう が
災害 が こう 年がら 年中 起こって いては
特別 「二百十日」 でも 「二百二十日」 でも
ない ので しょうか ・・・・
朝 資源ごみ を 出した ついでに 団地 を
一回り して 来ました。
「萩」 が 咲いて います。
枝垂れて いて 「ミヤギノハギ」 で しょう。
ところで わが家 には 10月早々
「孫台風」 が やって 来ます。
「仏桑花(ぶっそうげ)」 など と 云う よりも
「ハイビスカス」 と 云った 方が 分かり 易い
かも しれません。
しかし 大方の 歳時記 は 「仏桑花」 を 主季語 と し
「ハイビスカス」 を 傍題 と して いる ようです。
いずれ にしても 「夏の季語」 と されて いる のですが
今朝 NHK の 「趣味の園芸」 を 聞いて いました ら
「ハイビスカス」 の 適温 は 15度~25度 で
秋 が 「ハイビスカス」 には もっとも 適している
のだ そうです。
でも 「ハイビスカス」 には 南の国 の 花 の
イメージ が あります ので
「ハイビスカス」 = 「夏」 と なって しまいます。
攻防の丘なだらかに仏桑花 和夫
前に シンガポール へ 行った時
「ブキテマ高地」 で 詠んだ もの です。
太平洋戦争 の 時 の 日英軍大激戦 の
高地 にしては なだらかな 丘 でした。
* * *
のんのんさん・・名医の手術でも 親から授かった
元のような体にはなりませんねぇ。
人間の体は実に良く出来ていたことが
失って良く分かります。
* * *
日差し は きびしく ても 朝 の 風 は 爽やか で
もう 完全に 秋 です ねぇ。
まだまだ 「みんみん蝉」 が 鳴いて います が
「法師蝉」 の 声 も 大分 聞かれる ように なりました。
写真の「 秋明菊」 は 「貴船菊」 とも 云われ ますが
あちこちで 見られる ように なりました。
但し これは 「キク科」 では ありません。
「キンポウゲ科」 の 「アネモネ」 の 仲間 です。
朝 の うち は そう でも なかった の ですが
雨 が 降り 出して から きゅうに
肌さむく なって 来ました。
「ナンテン」 の 実 の 一つ ずつ に 雨粒 が
さがって います。
「センリョウ」 も 「マンリョウ」 も
もう 実 が しっかり 付いて います。
日差し が きびしい ので
朝 歩き 出す とき は 涼しく ても
帰って 来た 時には 汗 を かいて います。
写真は 「ヤブカラシ」 の 花。
かわいらしい 花 で 虫 が 好んで 集まって 来ます。
「ビンボウカズラ」 など とも 云われ て
人間 には きらわれ もの ですが ・・・・
* * *
みほさん・・手術前は 遠くが見えて
近くが見えなかったのに
手術後は 近くが見えて
遠くが見えなくなりました。
* * *
日差し は きびしく ても
風 や 日かげ は もう 秋です ねぇ !
台風12号 が 来て います が
これは どうやら 東の方 へ カーブ して 行く よう です。
上の方の 写真は 台風 を 思わせる 「怪しい秋の雲」
下の方の 写真は 風 に なびく 「パンパスグラス」
です。
今日は 目 の 診察 に 行き ました。
右の目 の 手術 から 8ケ月
左の目 の 手術 から 4ヶ月
に なり ます が まだ 通う よう です。
手術 の 経験者 に 聞き ますと 少し おかしい ね ?
と 云う のです が ・・・・
医者 にも 患者 にも 個人差 が ある ので しょう。
山梨 で 葡萄園 を 経営 して いる 親戚 から
例年 の 通り 「ブドウ」 を 送って 来ました。
朝 収穫した もの が その日 の うちに
届く のです。
この頃の 「ブドウ」 は いずれ も
房 が 大きく 粒 が 大きく そして 甘い の です。
写真は 「マニキュアフィンガー」 と 云う 種類 で
皮ごと 食べられ ます。
一位の木 は 年 が 経つ ほど 「あく」 が 出て
「落着いた色」 に なり 「つや」 が 出て 来て
おもむき が 深く なります。
上掲の写真の 「七福神」 は
30年近く 前に 買った もの です。
今週 の ホームページ の 「かえる」 と
較べて みて 下さい。
丈 は いずれも 5cm前後 です。
飛騨 の 「駄菓子」 は 有名。
大分 古い 歴史 が ある ようです。
上の写真は お土産 に 買って 来た もので
いわゆる 「駄菓子」 では ありません が
飛騨 ならではの 味わい の ある ものです。
中でも 「種なし梅」 の 評判 が 良かった ですね。
写真は 飛騨地方 で 「安産の守り神」
「子供の災難除けのお守り」 と されて いる
「さるぼぼ」。
「猿 の 赤ちゃん」 と 云う 意味 です。
「猿」 は 「災いが去る」 の 「さる」
「家内円満」 の 「えん」 です。
古来 赤い色 は 「悪霊祓い」 「疫病除け」 に
ご利益 の ある 色 と されて います。
* * *
みほさん・・例年の鍛錬会ですと
ああした島か もう2つ 合計5つ 出来ます。
今年は 「インフルエンザ」の 心配もあったせいで
いつもより 参加者が やや少なかったようです。
* * *
高山 の 「ひだホテルプラザ」 で 2日間 の
俳句 の 鍛錬会 が ありました。
一番上 の 写真 で 鞄 だけ おいて ある 空席 が
私の席 です。
一番下 の 写真 は 星野麥丘人主宰 の 講評 です。
写真は 東海道本線 下り列車 の
右側 の 車窓 から 撮った 「清洲城」 です。
名古屋駅 から 下り方向 2つ目 の 清洲駅 の
そばに あります。
もと 織田信長 の 居城 だった ところ です。
写真の お城 は 平成元年 に 造られた もの で
場所 も 本来 の 場所 とは 違う よう ですし
外観 も 想定 した もの の ようです。
まあ 良い では ありません か。
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